宝瓶星学 ―宝瓶宮時代の新しいアストロロジー―

雑話:占星術とアストロロジー
[ 秘密の話 ]
― ヒポクラテスとケプラー ―

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2,000年を経たホロスコープ解読の二大巨匠

↑ 医聖ヒポクラテス

●第1稿 : 2026年10月27日


単なる雑話です。

「ホロスコープ」って何ですのん?

アストロロジーと占星術の違いは?

「ロジー」と付くからには“学問”で、「占」と付くからにはその対極にある“占い”でしょ。

両者のツールが、いずれも「ホロスコープ」なのはどうして?



《 元祖は「医聖ヒポクラテス」 》

ホロスコープの発祥は、紀元前5世紀頃の古代ギリシャです。

具体的な用途としては、医聖ヒポクラテス(前460頃-前370頃)が当時の四角い「ホロスコープ」を用いて、患者の病の原因を読みとったり古典医療を行なっています。

当時はフィロソフィー(愛智)の時代、ホロスコープの解読は「アストロロジー」すなわち直訳すればアストロ“Astro=天体”(星)+“logy=学問”(〜学)と呼ばれていました。

それが古代ギリシャに発祥した古典学術「古典アストロロジー」です。

それを“ホロスコープ占い”の「現代占星術」と同じようにとらえるからおかしくなります。

占星術界隈が奈辺の事情を知ってか知らずか、ひた隠しにしたこともあり多くの人が事実誤認をしているようです。

One-Point ◆現代のように「ホロスコープ作成ソフト」があるわけではありません。四分儀(しぶんぎ)を用いて天体観測を行ない、複雑な手計算ができて星の位置を正確に割り出せる天文学者また数学者しか「ホロスコープ」を作成できませんでした。


《 作られた“大予言者”ノストラダムス 》

面白いエピソードがあります。

「1999、7の月、空から恐怖の大王が…」で知られる『百詩篇』(諸世紀)を紹介したノストラダムス(1503-1566)という医者がいます。

20世紀末にマスコミは書籍を売り、視聴率を稼ぐ話題づくりのために、彼を世紀の“大予言者”かのように宣伝しました。

たしかに、医者になろうとしたノストラダムス(ノートルダム)は当時、医術とされていた「アストロロジー」を学ぼうとモンペリエ大学に進んでいます。

ですが卒業生の記録に名前がありません。

落第したのか、それとも退学したのか。

多分、機を見るに敏なノストラダムスのこと、近代物理科学によって古典アストロロジーが「疑似科学」とされ将来性がないことから学ぶのを辞めたのかもしれません。

One-Point ◆ ノストラダムスが“大予言者”でないことは明白です。近代医学が誕生する以前の当時、アストロロジーは古典医術として用いられていました。“占い”という認識はなかったからです。19世紀後半〜20世紀の「現代占星術」のイメージによって、20世紀末の「大予言書」発刊とともに“大占星術師”かのように祭り上げられています。


ヨハネス・ケプラー
●近代天文学を切り拓いたケプラーは「古典占星学」の元祖だと知る人はほぼいません。

《 近代天文学を切り拓いたケプラー 》

ノストラダムスの死の直後、「占星学」の真打が誕生しています。

著名な天文学者ヨハネス・ケプラー(1571-1630)です。

彼は「ケプラーの法則」などによって近代天文学を切り拓いた先駆けであり、同時に同じ天文分野からか「古典アストロロジー」や「ホロスコープ」にも精通していました。

マイナー・アスペクトのいくつかは、ケプラーが発見し定めたものです。

彼は宇宙の調和を科学的な知見によって見抜き、古典理論によってホロスコープを解読できたため、マイナー・アスペクトを定めることができました。

彼の透徹した知性は“太陽系天体の神秘”を見抜いて、古典理論の深層(真相)を直覚していたからか、アストロロジーが“疑似科学”とされたあとも、独自にホロスコープの解釈を続けています。

One-Point ◆ ケプラーは科学として通用しなくなったアストロロジーを学術(医術)ではなく、個人を知る“叡智”として活用しはじめました。それゆえ当サイトでは、これを「古典占星学」と呼んでいます。西洋には“占星学(術)”に相当する呼称がなく、占星学(術)もアストロロジーもすべて「Astrology」と十把一絡げで“混乱状態”です。


《 「占星学(術)」の真の元祖 》

そろそろハッキリと書いておかなければなりません。

ケプラーこそが偉大な天文学者であり、占星学の元祖です。

19世紀後半のアラン・レオ(1860-1917)は、ケプラーの「古典占星学」によって象意解釈された「太陽サイン(宮)」の一部を、有り体に言えばパクったにすぎません。

ケプラーから100年以上が経った1781年に「天王星」が発見されています。

その20年後に「ケレス」が発見されるに及んで、「古典アストロロジー」は完全に理論破綻しています。

その後、「海王星」発見後の19世紀後半になって、アラン・レオは獅子宮生まれ(太陽)らしく「太陽サイン(宮)」の象意のみによって、「星占い」を“Astrology”と偽称して始めたのです。

作成が困難な「ホロスコープ」は用いていませんし、小難しい「古典理論」もなしです。

誰にでも分かる誕生月だけで、エソテリックな「星占い」を慣習によって“Astrology”と称して始めたのです。

One-Point ◆ 象意をパクられたうえ“アストロロジー”と称したことに、当然「古典占星学」の人々は怒り反発しています。そして「これがホンモノのアストロロジーだ!」とばかりに、ホロスコープと古典理論を携えて“星占い”に参入してきたのです。“ホロスコープ占い”こと「現代占星術」が形成されはじめた瞬間です。


【補足】

当時は理論なき“心霊ブーム”(スピリチュアリズム)の真っただ中です。

「古典占星学」の人々が、カビの生えた「古典理論」を持ち出しても、小難しい理論が顧みられることはほぼありませんでした。

結局、ホロスコープのみが“占いツール”として残ります。

大きな“事実誤認”は、それらを含めてアラン・レオが「現代占星術の父」かのように喧伝されたことです。

うがった見方かもしれませんが、神智学協会の組織力が陰に陽に“教勢拡大”のために働いてそうに仕向けられたのかもしれません。

ここで重要なのは、だからといって20世紀の本物の西洋占星術師は、密かに「古典理論」を踏襲し、古代ギリシャの世界観“熱冷乾湿/火土風水”などを参考に占断したことです。

もっとも、今や双魚宮時代が終了したこともあって、そのような継承は意味がなくなっています。


《 とある印象深かったエピソード 》

一例があります。

20世紀末のこと、あるアマチュア占星師が、日本の著名な西洋占星術に対して「あなたのは神秘占星術だ」と蔑んだことがあります。

彼は自分が科学的な解釈をしているかのように自己誤認していたからです。

すると、著名な西洋占星術は、「そうかもしれませんね」と怒ることもなく、相手にもしませんでした。

バカですね、とんでもない“勘違い”です。

もし、科学的であれば「占星術」などとは言いませんし、ほんとうに神秘的でない占いや占星術などがあれば一度見てみたいものです。

皆が知らないだけで、密かに「古典理論」(疑似科学)は修得したうえで神秘的な占星術解釈にならざるをえないことをご理解されていたのです。

そういったことなどがありまして、「基本三数」を発見して間違いないことを検証できたのち、いちばん最初にお伝えしようとしたのですが、タッチの差で亡くなられていました。

仕方ありません。

それが時代の運命というものです。

One-Point ◆ 師が述べていた「ホロスコープは“人類の叡智”です」という言葉の意味を、今なら「宇宙の叡智」だと次元拡張して理解できます。「基本三数」「数理法則」「配列法則」などの基礎理論による宝瓶宮時代の新しいアストロロジーは「古典アストロロジー」のようなフィロソフィカルなホロスコープ解釈が実在のクオリアル宇宙に基づいて可能になったためです。



注) ここで「クオリアル宇宙」というのは、“霊識宇宙”また“基本三数宇宙”のことで、単なる物理宇宙に留まらず、時空を超越したエネルギー宇宙や共鳴関係宇宙を含めた実在宇宙を指します。






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