宝瓶星学 ―宝瓶宮時代の新しいアストロロジー―

[日本の天運と宝瓶宮時代]
霊識から見た皇統
― 令和の皇室典範改正or改悪? ―

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前項目「宝瓶宮時代とライフスタイル」は変わりました。
新たに「日本の天運と宝瓶宮時代」と題してお届けいたします。
日本のプレゼンスが発揮される実動社会の始まりです。

[皇室典範] 直系であり男系天皇を拓く唯一の道

愛子内親王

●第1稿 : 2026年07月21日


面倒なのでサクッと書いておきます。

「万世一系」の皇統の本義は、皇位争いをなくし、8世紀の日本列島に和をもたらし、海外からの侵略に備えることでした。

『日本書紀』のプロパガンダ(政治宣伝)をアタマから信奉して、初代神武天皇からの「万世一系」などと考えていると、“美しく”はあるのですが正しい判断を誤ります。

壬申の乱(672)に勝利した大海人皇子(おおあまのおうじ)こと第40代と記される天武天皇(?-686)は、天皇号を初めて定め、ご即位にあたっては「大嘗祭」を行なって、天地に宣布し「万世一系」を企図しました。

それは、縄文の平和と安寧と太古の豊かな大自然による崇敬の精神、そして海人族による古代国づくりの礎を、宝瓶宮時代の概念で言えば“霊識のタネ”によって、「万世一系」の統一独立国家「大和」を建国し永続発展させることでした。


《 『日本書紀』は事実の半分 》


宝瓶宮時代の実働社会を迎えた今日、日本の皇室また皇統には世界の命運が秘められています。

日本は、世界最古の国家として、また人類最高峰の精神文化を有する国として、今後、日本のプレゼンス(存在感、影響力)は日本一国に留まらず、人類歴史的な意味を持ちます。

失礼ですが、今般の「皇室典範改正」の顛末を見ても、本物の国会議員がいれば別ですが、俗人の国会議員に皇室の本義はご理解が難しいでしょう。

さらに失礼を承知で申し上げますと、明治天皇の女系の玄孫さまも、「霊識」の観点から言えば「万世一系」の皇統に関しては、お立場上『日本書紀』を事実として持論を展開するしかないこともあって、事実の半分しかお分かりになられていないようです。

誰かが述べていましたが、今般の「皇室典範改正」が“改悪”になるのかは、現時点では定まっていませんが、「ダイヤモンドを捨てて石ころを拾うようなもの」という懸念は、完全にはぬぐいきれていません。

One-Point ◆ 旧皇族を路傍の“石”に例えていいのか分かりませんが、何が“ダイヤモンド”かは、大多数の国民がご認識されておられるとおりです。憲法には「天皇は国民の総意に基づく」と規定されている以上、国会の決議であってもその決定が“国民の総意”に基づくものでなければ、声を挙げる必要がありそうです。



「日本国憲法」の「天皇」の規定

第一章 天皇

第一条「天皇の地位・国民主権」

天皇は、日本国の象徴であり日本国民の統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

第二条「皇位の継承」

皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

【一言コメント】

第一条と第二条どちらが優先かは、通常は第一条です。

ただし、具体例を示した第二条との齟齬があれば、当然、すり合わせは必要です。


《 正統な天皇祭祀の奥深い意味 》

現在の混迷する状況は、昨今の運勢ディレクション(運勢変化、時代変化)によります。

重篤なYOD凧(ヨッド・カイト=30/30/150/150度)の頂点と尻尾が、昨今は「天王星」を軸にT矩(Tスクエア=180/90/90度)を形成しているため、前に進むための“逆転現象”が生じています。

有識者会議や内閣官房また国会によって、国民の総意に反する可能性が残る「皇室典範」の改正または改悪が決しました。

である以上、高市首相の独断ではないものの、左派リベラル側の“ディス・インフォメーション”(偽情報)もあって、首相のもとでの決定ゆえ、支持率が10%以上も激減する事態が生じたのはやむをえない仕儀です。

重要なことは、“たかが天皇”“たかが皇室”ではないことです。

日本国の正統な天皇とその祭祀には、想像以上に奥深い意味が秘められています。

太古より日本の「天運」にかかわり、さらには今後の宝瓶宮時代における世界の命運を左右する“次期天皇”になっていることを知らなければなりません。

One-Point ◆ もはや、世俗レベルの問題ではありません。過去の“ジョーシキ”や社会通念では図れない“宇宙波動”の時代です。賢明な日本国民の大多数は“日本的霊性”を内在されていることから、何となくでも感知されています。どなたが“次期天皇”に最も相応しいのかを。


《 文武天皇と「大宝律令」 》

万世一系の皇統は、14歳でご即位された第42代と記された文武天皇(683-707)により始まり、定着した史実があります。

さらに、その御世の701年に「大宝律令」が制定され、律令国家「日本」が始まっています。

「大宝律令」によって「日本」の国号が定められ、統一近代国家の道を歩みはじめたのは多くの人が知るところです。

その初代「文武天皇」は“倭根子天皇”と申し上げ“豊祖父天皇”であらせられます。

「大宝律令」そのものは、天武天皇の后で第41代と『日本書紀』に記される持統天皇(645-703)と、存命中の皇太子草壁皇子(662-689)によって原案が練られています。

しかし、草壁皇子の早世により、持統天皇から孫の珂瑠(軽:かる)皇子こと文武天皇へのご譲位の正統性こそが『日本書紀』編纂の知られざる目的です。

“高天原の天照大神から孫の瓊瓊杵尊(ににぎの みこと)”へ地上の支配権をもたらす神話「天孫降臨」は、史実上では文武天皇への譲位によるご即位に当たります。

One-Point ◆ なぜなら、持統天皇の本来の諡号(しごう)は「高天原廣野姫天皇」(たかまのはら ひろのひめの すめらみこと)と申し上げるからです。また、文武天皇ご自身も「倭根子豊祖父天皇」(やまとねこ とよおほぢの すめらみこと)申し上げ、元祖「万世一系」の天皇を意味します。『日本書紀』が持統天皇から孫の文武天皇へのご譲位によって終わっているのも、編纂の大目的がそこに秘められているためです。


《 「養老律令」の継嗣令 》

では、最重要ポイントです。

「大宝律令」(701)に続く「養老律令」(718編纂、757施行)に天皇の継嗣令(けいしりょう)が定められています。

継嗣令1条より抜粋
「凡皇兄弟皇子 皆為親王 女帝子亦同」


【読み】
すべて天皇の兄弟や皇子はみな親王となし、女性天皇の子もまた同じである。

【一言コメント】
天皇の兄弟や皇子はみな親王(男性)であり、皇位継承資格を有します。

また、「女帝子亦同」ということは、女性天皇(女帝)は認められており、その男子も皇位継承資格者ということです。

というのも、当時、内親王(女性)は、皇族男子との婚姻しか認められていませんでした。(別条文)

そのため、女性天皇の子といえども必ず男系だったからです。

今日のように、女性皇族が一般男性と結婚するなどは考えられていなかった時代です。

仮に、もし現代の“愛子天皇”に当てはめた場合、“愛子天皇の子は女系天皇になるからダメ”というのは、一般男子とのご結婚の場合です。

今般の「改正皇室典範」が定める男系皇族男子との婚姻が正しく可能であれば、愛子天皇であっても男系の皇統が続くことになります。

One-Point ◆ 「継嗣令」は、男系の女性天皇を否定していません。事実、女性天皇は多々いました。ただし、文武天皇以降、その母の元明天皇のご即位は別格として、姉の元正天皇、子孫の孝謙(重祚:称徳)天皇、江戸時代の明正天皇、後桜町天皇と、いずれも女性天皇(男系)は独身で即位され、DNA鑑定などなかった当時、生涯独身を通しています。


《 男系皇統への唯一の道 》

直系で男系の天皇を開く道は一つしかありません。

愛子内親王と男系皇族男子との婚姻です。

養子となった男系皇族男子は即位できないことが、今般の「改正皇室典範」に明記されています。

そのお子さま「養子皇族男子の子孫」の地位は、今般の「改正皇室典範」では、「実方の系統によるものとする」と定められています。

いずれであっても、愛子内親王は男系で直系です。

ご即位は可能なはずで、“国母”持統天皇がそうであったように、リリーフであっても女性天皇から「養子皇族男子の子孫」へと男系皇統の道は開かれることになります。

One-Point ◆ さらに重要なことがあります。偉大な昭和天皇がそうであったように、天皇祭祀の“霊統”をなくして、男系の血統ばかりを言い募っても意義は半減します。その価値を身をもって体現しておられるのが、昭和天皇を敬愛されておられる愛子内親王にほかなりません。明治天皇の女系の玄孫どのは、このことをご存じないのでしょうか。






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