
宝瓶星学 ―宝瓶宮時代のアストロロジー―
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●第1稿 2026年1月26日 アップ。
「ぶつぶつ」
「よーっ、八じゃねえか、ナニぶつぶつ言ってんだ」
「あー熊さんか、分っかんねんだよなぁー」
「始まったよ、八の“分っかんねー”が」
「聞いてくれよ、“お宝お星さま鑑定”とかいう斉藤さんの幽霊ばなしだよー」
「?何だそれ?」
「分っかんねーよ」
「…もしかして、宝瓶星学サイトの“霊識”のことか?」
「ソレそれ、たしかそんなふうに言ってた、よく分かるなぁー」
「が、どうした?」
なんて会話がお江戸と呼ばれた時代にあるわけはなく、双魚宮時代の締めくくりに、久々に八つあんと熊さんを登場させたいと思っただけです。
左巻きのテレビなどの時代劇を見ていると、戦国乱世と江戸時代がごっちゃになって描かれているようです。
当時のサムライなんて給料とりで、今のサラリーマンと同じです。
たとえば、県庁や市役所など地方自治体の職員や議員みたいなもの。
「生類憐みの令」(1685)なんて法度(法律)が徳川第5代将軍・綱吉さまから出たくらい、翌6代家宣によって24年ほどで廃止されますが、もはや刀なんて滅多に振り回せません。
事実、「生類憐みの令」の末期「元禄文化」の時代などは、町人のほうがイキイキと暮らしていて、江戸時代に庶民の識字率は世界一になったくらいです。
江戸の都市人口も当時世界一で、上水道が整っていたし、排泄物は畑の肥やしとして再利用するなど、今で言う“持続可能”な社会は縄文の太古から日本のお家芸です。
近頃、ようやく西洋がSDGs(エス・デー・ジーズ)やサステナブルなどワケの分からないことを言い出していますが、「てやんでぃ、こちとら昔っからそういう文化でぃ」っていう江戸っ子の声が聞こえてきそうです。
今になって、ようやく西欧が昔の日本の文化に追い付いてきた。
異国の文化を学ぶことは必要ですが、まずは日本の大自然とともにある暮らしと、素晴らしい精神文化を自覚したうえでのお話ですね。
江戸時代に電気やネットはありませんし、鉄道や自動車もないので、馬車や水運/海運が物流の要です。
要は自然と共存していた時代です。
食品添加物もキケンな精製塩もなく、“自然食”や海水から作った“天然塩”で、大自然と暮らしていた時代です。
これ「霊識」に重要なんです。
かように、明治の文明開化まで“霊識のタネ”が色濃く残っていた時代です
One-Point ◆ 今年2026年からちょうど180年前、幕末の大政奉還(1867年)の年に崩御された第121代孝明天皇(在位1846-1867)がご即位された弘化3年(1846年)、今年と同じ午年に「海王星」が発見されました。“支配/被支配”など“まだ見ぬ理想”の時代波動によって、西洋列強は日本を植民地支配しようとし、薩長は幕府を倒し、明治維新によって新政府を樹立。今度は西洋に追いつき追い越せと、皇国史観と文明開化が進んでいくことになります。
明治維新(1868年)の直前、江戸末期までは「天皇」といえども仏教の傀儡みたいなものでした。
天皇のご即位は仏教式(密教的)に行なわれていましたし、呼び方も「〇〇天皇」ではなく、仏式に「院」号で呼ばれていたのです。
ですが、水戸学による『大日本史』編纂の影響もあってか、孝明天皇の2代前、第119代光格天皇(在位1780-1817)は、第40代天武天皇(在位673-686)にはじまる本来の天皇祭祀を復活させました。
そんなこんなもあって、明治新政府はまだ幼かった玉体「明治天皇」(在位1867-1912)を傀儡に西欧列強に対抗するため、天皇と国家神道をメインにした挙国一致の近代化「富国強兵」をはかり、廃仏棄釈による皇国化によって『日本書紀』とは異なるのですが、明治天皇の勅裁によって「天照大御神」を“皇祖神”とした国づくりを進めていきます。
その成果と天運があって、大国支那(China)の清国との日清戦争に勝利し、続いて旧ロシアとの日露戦争にも勝利し、日本の名声を世界に高めます。
が、逆に欧米からは警戒されるようになります。
後に、ABCD包囲網や無理難題のハルノートとロシアのスパイゾルゲの暗躍によって、第二次世界大戦に参戦、米国との太平洋戦争に進まざるをえなくなります。
不思議なものですよね。
日本の敗戦によって進駐してきた連合軍、実質はアメリカ軍総司令官マッカーサーは、日本在任中、日本の“霊識のタネ”にかかわる真実を目の当たりにしていくことになります。
「霊識13」では関連を匂わせているのですが、奈辺の事情が明らかになるのはずっと先のことでしょう。
要は巷間言われている朝鮮戦争の兵站基地として日本を活用したのは、歴史的に“霊識のタネ”も関わって、もはや敵とはみなされなくなり、結果、「朝鮮特需」によって戦後復興の足掛かりを築いていくことになります。
One-Point ◆ 当然、進駐軍GHQは天皇の戦争責任を問うことになります。そのルーツがどこにあるのか、天皇さえ見ることができなかった伊勢神宮に奉斎される三種の神器の一つ「八咫の鏡」を調べたり、また最大の前方後円墳「大仙陵古墳」を調査して国宝級の副葬品を持ち帰っています。
「だから、何のことだよぉ? ね、分っかんねえだろ?」
「ああ、確かにな」
「もっと、簡単に言えねえもんかねぇ」
* * *
時代が来なければ言っても首肯してもらえないのがふつうです。
「何言ってんの?」とご理解不能になるからです。
ですが、ついに“とき”は来ました。
「霊識」を論理だってお話すれば、ピンとくる方が多くなっていくのです。
主体責任の宝瓶宮時代です。
自ら求めなければ深層(真相)は掴めず、自分のものにできません。
無茶を承知で、ごく単純に「霊識」をご説明すれば次のようになります。
“事実誤認”や“勘違い”の多い双魚宮時代の“霊”や“スピリチュアル”は、宝瓶宮時代の「識」や「クオリアル」によって、論理的かつ客観的に解明できます。
“霊”や“霊言”また“幽霊”や“霊現象”にかかわる不思議系現象の真贋、英語で言えば“スピリット”(魂)に関わる“スピリチュアル”なお話など、どこまでがホントで、どこがウソや“お花畑”の内容なのか、「霊識」によってご判断できるのです。
物的証拠がなくても、実在の「クオリアル宇宙」の成り立ちや仕組みまた作用や原則など、宝瓶宮時代の新しい宇宙観「数理法則とクオリアル・ワールド」でお伝えしたとおり、「霊識」によって分かるようになります。
「海王星」発見直後、“神を科学する”といった“まだ見ぬ理想”を掲げた霊媒師マダム・ブラヴァツキー率いた19世紀の新興宗教団体とは異なり、“実在宇宙”の姿を解明できる宇宙観です。
この世において、「肉体生活」とともに重要案件になっている分野は、主観によって推察はできても、これまでの双魚宮時代においては、客観的に確かめる術(すべ)はありませんでした。
次の「イエスの復活」を一例にしたお話からも分かるように、どこまでが真実かは双魚宮時代の“時代波動”では解明できず、“信じる/信じない”の信仰判断に陥らざるをえないのです。
「対立二元論」を歴史パラダイムとしてきた時代だったからです。
しかし、「共鳴関係論」を歴史パラダイムとする宝瓶宮時代は異なります。
“真実が明らかになっていく”時代ですし、実際、宇宙この世界の根幹法則「基本三数」また“宇宙波動エネルギー”や「共鳴関係論」による「霊識」の時代なのです。

●霊峰富士。生類憐みの令の時代の元禄文化のとき、今日も残る日本文化が花開いています。
かつて「伝授講座」こと「宝瓶星学」(当時は“宝瓶宮占星”)の真髄をお伝えする宝瓶宮時代の新しい宇宙観「数理法則とクオリアル・ワールド」の中で触れていますが、「イエスの復活」を一例に挙げておきます。
磔刑で死んだはずのイエスが本当に“復活”したのかどうか、双魚宮時代では“信じる/信じない”にならざるをえませんし、最先端の現代物理科学といえども解明は不可能な命題です。
ですが、宝瓶宮時代の「霊識」また「共鳴関係論」から簡単に分かるのです。
「死んで3日経ったイエスの肉体が復活することなどありえません。ですが、イエスの復活現象は“期間限定”でありえます」
事実、イエスは復活後40日ほどで天に帰っていったことが『新約聖書』には記されています。
一例ですが、このような不思議系のお話の解明が「霊識」から可能です。
では、なぜ「霊識」が宝瓶宮時代に重要なのでしょうか。
「なぜ山に登るのか?」という有名な問いと同様に「マラソンランナーはなぜ走るのか?」もそうです。
「そこに山があるから」であり、「ゴールが待っているから」です。
人の一生も同じで、“人生のゴール”を知らないと人生という“マラソン”のコースを正しく走れないのです。
いずれもタイムが伴なうのですが、「霊識」はこれらのことを明らかにし、宝瓶宮時代の流れとともにある「天運」を伴うことになります。
嬉しいことに、日本人というだけで、すでに“霊識のタネ”を宿し、「霊識」や「天運」に最も近い民族になっています。
One-Point ◆ 誤解を恐れずに、ごく簡単に「霊識」をご説明をしてみました。「霊識」によらなないと双魚宮時代の“支配/被支配”の檻の中から抜け出れません。宝瓶宮時代は個々人が主体意識をもってご判断することが重要なので、ご自分の深層の精神意識がイチバンよく分かっているはずです。